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オーバーステイ、麻薬、窃盗、住居侵入など…外国人による犯罪が増えている今、通訳者が必要な裁判も増えています。
日本国内で、外国人が関与した犯罪や事件の捜査・取り調べ・裁判などの通訳をおこなう人を「司法通訳士」と呼びます。外国人の人権を守るため、法廷の場で戦う司法通訳の仕事に憧れを抱いている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、普段あまり接する機会の少ない司法通訳士の仕事内容、求められるスキル、なるための方法についてまとめています。
記事の目次
司法通訳とは?
司法通訳とは、外国人の関わる事件の裁判や捜査の場で通訳をする仕事です。なかでも、裁判所で裁判官や検察官、弁護人の言葉を通訳する人を「法廷通訳(人)」と呼びます。
現在、外国人労働者や在日外国人の増加に伴い、司法関連の通訳需要は高くなっています。一般的な通訳とは異なり、英語以外の中国語・韓国語・タイ語・ベトナム語・ポルトガル語・タガログ語といった、アジア圏や少数言語のニーズが高いのが特徴です。
誤訳一つで、人の人生を左右しかねない重大な局面で通訳をおこなうため、逐次(適度に区切りながらその都度訳すこと)で一言一句、正確に訳せる能力が求められます。
警察、検察の取り調べ、捜査現場、裁判、刑務所など
仕事内容とは?
主に通訳が必要とされるのは、①捜査、取調べ②裁判③刑務所の3つの場面です。
捜査には、警察と検察での取調べがあり、そこで「起訴」されれば裁判、さらに「有罪」が確定すると刑務所での通訳が必要になります。特に外国人収容者の多い刑務所では、語学の堪能な国際専門家(=法務技官)を採用しているケースも多いです。
裁判所で通訳をするときは、特に事前の打ち合わせなどはなく、裁判所に直接出向くことになります。刑事事件の場合、検察側の冒頭陳述などは事前に資料としてもらえるので、万全の準備をしたうえで臨むことができます。
現場では、トランシーバーのような通訳機器を使いながら、被告人には同時通訳(リアルタイムで訳すこと)。検察官や弁護士とのやり取りは法廷全体に聞こえるように、マイクを使って逐次通訳(適度に区切りながらその都度訳すこと)でおこないます。
実際の公判以外にも、拘置所や留置所で弁護士による接見の通訳、裁判で読まれる起訴状や冒頭陳述の翻訳も担当します。被告人が否認を続けた場合、1年以上長引くケースもあり、通訳の中でもハードな仕事だと言えるでしょう。
仕事の魅力とやりがいは?
自らの語学力を犯罪や事件の解決に役立てられることは、社会的にも大変意義があります。また時には、無実にもかかわらず、言葉も通じない国でトラブルに巻き込まれてしまった外国人を助けることもできます。
特に、裁判や警察の取り調べ、弁護士の接見の場では、日本人ですら理解がむずかしい専門用語がたくさん使われます。そのため、事件の真相を突き止めるためには、”言葉の橋渡し役”となる司法通訳士の存在は欠かせません。
また、法廷に立つ通訳者には、中立公正な姿勢が求められます。人の運命を決める法廷に立つ責任は重いものですが、そのぶん本当に通訳が必要とされる場で仕事ができることに、大きなやりがいを感じられるでしょう。
必要なスキルは?
①一言一句、正確に訳す技術
司法通訳の1番の特徴は、すべて逐次通訳(適度に区切りながらその都度訳すこと)でおこなわれ、なおかつ全訳である点です。
一般通訳の場合、話し手の意図を推測し、聞き手により伝わりやすい表現に置き換えることがあります。一方、法廷や捜査現場では、言い間違いや文脈の噛み合わない発言もすべてが判断材料になるため、”一言一句”正確に訳すことが求められます。
たとえば、検察官に「あなたの歳はいくつですか?」と聞かれ、被告人がタイ語で「イー・スイップ・エット(21)」とだけ答えた場合、「21歳です」ではなく「21」とそのまま通訳しなければいけません。丁寧に訳しすぎることで、裁判官の被告人に対する印象が変わり、判決にも影響が出てしまう恐れがあるからです。
また、被告人の心理状態をより正確に表現するため、「自信を持って答えたのか?」、それとも「迷いながら答えたのか?」といった部分も訳の中に反映させます。会議やビジネス通訳では「え〜と…それは…つまり…」といったわずらわしい表現を省略したり、内容を整理して訳したりしますが、法廷通訳の場合は、一切省略も整理もおこないません。
通訳者の勝手な解釈や判断を加えず、話し手の言葉を”ありのまま”に表現することが原則になります。
②法律に関する知識
法律用語や司法制度の仕組みについて理解しておくことも重要です。
被告人の人生に大きな影響を与える司法の場では、経験を積みながら知識をつけていけばいい、といった生半可な考え方は通用しません。「よく分からないうちに有罪になっていました…」では決して済まされないのです。
法廷通訳で、1番大変なのは「判決の日」。事前に判決文をもらっておくことができないため、どんな内容になるのかは当日になってみないと分かりません。
判決が出るときは、その場で裁判官から判決文が渡され、裁判官が読みあげるのに合わせて、サイト・トランスレーション(原稿を目で追いながら口頭で通訳する技術) をしていきます。起訴状や冒頭陳述のようにあらかじめ翻訳しておくことができないので、高度な語学力と専門知識が求められます。
③高い倫理観
情報を口外しない「守秘義務の遵守」など、職務上の倫理観が求められます。そのためには、私情を持ち込まず、中立公正を貫く姿勢が不可欠です。
何度も同じ被告人と接見していると、思わず情に流されてしまいそうになることがあります。そんな時も、感情を決して表に出さず、冷静に淡々と訳し切ることが大切です。
ただし、「冷静さ」と「冷たさ」を履き違えないよう注意しましょう。言葉の通じない異国の地で、1番に緊張しているのは被告人です。
その被告人にとって唯一、話が通じる相手が通訳者なのです。彼らは、通訳された言葉だけに耳を傾けています。なるべくゆっくり聞き取りやすいように話をして、本人の緊張を和らげてあげるのも通訳者の大事な役目なのです。
どんな働き方がある?
警察通訳の場合
警察通訳には、正式に雇用された警察職員「通訳吏員」と、県警に登録したフリーランス「民間通訳人」の大きく2つがあります。
主に、捜査現場に同行しての通訳、取り調べにおける通訳、弁護士の通訳をおこないます。ほかにも、捜査資料を翻訳したり、犯罪経歴証明書の交付申請に訪れる外国人のサポートをしたりします。
法廷通訳の場合
検察庁・裁判所・弁護士会が言語別の「通訳者名簿」を作成し、必要に応じて通訳者に依頼をしています。仕事をしたい人は、自分の住んでいる県の地方裁判所に必要書類を提出し、面接や試験を受けて名簿への登載を目指しましょう。
ただし、仕事の依頼が発生するタイミングが不明瞭なため、法廷通訳や民間の警察通訳のみで生計を立てていくことは難しいでしょう。ほかの仕事と掛け持ちで担当する人が大半になります。
給料・時給・報酬はどれくらい?
コミュニティー通訳の中では、比較的報酬単価は高いものの、司法通訳の仕事だけで生計を立てている人はごく僅かです。
たとえば、法廷通訳の仕事なら、最初の1時間が15,000円前後、その後10分毎に1,000円前後が加算されていく報酬体系が一般的です。ただし、実働時間が短いケースでは、半日・全日単位で報酬が支払われる会議通訳者の半額程度にしかなりません。
また報酬は、1つの事件にかかった通訳時間を合算して計算されます。そのため、何日も稼働をしても、一回ごとの通訳時間が短ければ、数時間程度の通訳料にしかならないこともあります。
さらに、通訳料や支払いのタイミングは、裁判所が事件ごと個別に決めるため、「いつ?いくら支払われるか?」が事前に分からない案件も多いです。通常、英語以外の特殊な希少言語の通訳のほうが報酬は高い傾向にあります。
ちなみに、警察で勤務する「通訳吏員」は扱いが公務員になるので、一般的な警察官と同じ給料額が支給されます。
なるには?
現在、司法通訳者の認定制度は確立されておらず、各都道府県の警察・検察・裁判所などが「通訳者名簿」を作成し、必要に応じて仕事を依頼している状況です。
つまり仕事をするなら、まずは名簿に登録してもらう必要があるのです。一般的な名簿登載の流れは、まず履歴書を送り、その後に面接がおこなわれ適正を判断されます。特に問題がなければ、名簿に自分の名前が載ります。
登録時に試験を実施している地域も一部あるので、仕事をしたい人は、依頼元である各都道府県の警察・検察・裁判所・弁護士会に問い合わせ、くわしい登録方法を確認してみるとよいでしょう。
裁判所に関する情報
主な地方裁判所 | 刑事訴訟事務室 |
東京地方裁判所 | 03-3581-5411 |
大阪地方裁判所 | 06-6363-1281 |
福岡地方裁判所 | 092-781-3141 |
仙台地方裁判所 | 022-222-6111 |
札幌地方裁判所 | 011-231-4200 |
※他の地方裁判所については「裁判所ウェブサイト」を確認しましょう。
検定試験に関する情報
仕事をするうえで「自分の力を試してみたい」「スキルを磨きたい」という方は、一般社団法人 日本司法通訳士連合会が実施する司法通訳士養成講座の受講、または司法通訳技能検定の受験を検討してみてはいかがでしょうか。
充分な語学レベルに達しているかどうかを確かめるのに役立ちます。
まとめ
いかがでしたか?
今回は、法廷や捜査現場で活躍する「司法通訳士」の仕事について紹介しました。
実際の裁判で争われるのは、日常生活の中で起こった事件が大半で、この日常的な会話表現に頭を悩まされることが意外にも多いです。
これから目指される方は、海外ドラマをみて一般的な語彙を学んでみたり、ニュース番組を見ながらアナウンサーが話すことを同時通訳してみたり、普段から表現力やボキャブラリーを養う訓練をしてみてはいかがでしょうか。
当記事を読んでくださり、1人でも多くの「司法通訳士」が誕生することを願っています。
ほかにも、
といった働き方があります。興味のある方は、参考にしてみてくださいね。